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#17

ベンティスカ編

 月明かりが、グラスに注がれたワインを照らす。ここにいるべきではないのは、わかっている。でも、わたしは舞踏会を楽しめる気分ではなかった。

「見せたかったな……このドレス」

 ベランダには、わたしがひとり。静かすぎて、あれやこれやと考え事が浮かんでくる。

 ……どうして、黒猫さんがいないんだろう。

 ……なんで、今、わたしはここにいるんだろう。

 ……わたしも、傍に――

「ベンティスカさん」

「……黒猫さん!!」

 わたしは、幻覚を見ているの? 今まで見ていた夜の空、黒の湖、宙の星……全てが幻想で、まやかしで。

「ベンティスカさん、久しぶり」

 猫耳のついたとんがり帽子、紅色の宝石をあしらったチョーカー、短い裾のドレス――まるで魔法少女。顔だけは、わたしのよく知っている黒猫さん。

「久しぶりじゃ、ないよ!! 今まで、どこに……行ってたの……」

 夢じゃ、なかった。わたしは目の前にいる黒猫さんと、話をしている。いつかもう一度会えたなら、優しく迎えようと思っていた。でも、わたしの心の底から溢れ出たのは私憤にも似た後悔。

 わたしは冷たい床に膝をついて泣いていた。喜ぶべきなのに、涙が抑えられない。

「ごめん、ここに来るの、けっこう大変だったんだ」

「なんで……わたし……今でも信じられないよ……おかしいよ……」

「おかしくない。俺はここにいる」

 黒猫さんはわたしの肩を抱いた。それからゆっくりと二人で立ち上がる。

「……やっぱり、黒猫さんは……」

「…………」

「……あぁ、俺は死んだ。でも魂だけで、此処に留まっちまった。……俺はベンティスカさんに触れているつもりでも、ベンティスカさんは……」

 わたしの肩は黒猫さんの温もりを一切感じていない。現実を受け止めるしかないのだ。

「ううん、そんなことないよ」

 わたしは、わたしの肩に手を乗せる。涙の隙間から黒猫さんの悲しげな表情が映る。

「わたしね、黒猫さんに話したいことがたくさんあるんだよ。……いっぱい……」

「うん、うん。でもその前に、ベンティスカさん。俺の話を聞いて欲しいんだ」

「黒猫さんの……?」

「ああ、俺が、なんで死んだのか」

 固唾を飲んだ。ずっと知りたかった疑問の靄が晴れる。

「教えて、どうして……」

「俺は――」

「…………」

「!!」

 その時、背後の銃声が私を覆った。何を撃ったのか、はじめはよくわからなかった。振り返ると、執事服の男――わたしたちに招待状を与えたその人が銃を構えて佇んでいた。

 耳を劈くような銃の反響に気がついた頃、黒猫さんの顔には穴が空いていた。

「そんな!! どうして……」

「おやお嬢さん、部外者を排除していたところですよ。さあ離れてください、次こそ仕留めます」

「あーあ。もう時間かよ……まだベンティスカさんの話、聞いてないんだけどな」

 わたしに言葉を発する暇はなかった。そして、腰を抜かして後ろ向きに倒れる。

 ――黒猫さんが、撃たれる。

 すると、黒猫さんは鉄棒に座ったまま後ろへ向かって頭から落ちるように、エントランスの柵を越え、夜の湖に沈んだ。

 やっぱりわたしは、傍観者。

 何も出来ない、無力な自分。……拳を強く握った。

「クスクス……まぁ、部外者は彼一人、ですけどね。お騒がせしました、どうぞごゆっくり」

「……なんで、撃ったの。二回も」

「仕事ですよ」

「……あの人は……部外者なんかじゃ、ないよ」

「僕は彼に招待状を送った覚えはありません」

 ……冷たい、声。無慈悲にも扉は閉じ、わたしはまた独りになった。

 

 ***

 

「おはようございます……ご主人様!」

「うわさっむい!! 何をするんだ! 折角気持ちよく寝てたのに……」

「朝です」

 それは僕の知っている朝ではなかった。窓の外から見える空は黒い。薄明かりのぼんやりとしたオレンジが目に入る。

「まだ外真っ暗だよ!? もう出発とか言わないよね?」

「言います、準備をしてください。早急に」

 僕は寒さに体を震わせながら、寝惚け眼をこすりながら起き出した。せっかちと言うほどではないが、行動の素早いレイセン君が珍しく急いでいるのを見て、僕は思わず吹き出す。

「笑っている場合ではありません。さあ早く……」

 そこで、レイセン君は会話を中断し、扉の方を勢い良く振り返った。……と同時に、扉をノックする音が三回聞こえる。

『おはようございます。あ――』

「扉を開けるな。要件はそこで言いなさい」

 レイセン君が凄まじい剣幕で、扉の向こうにいるであろう誰かに向かって声を放った。僕は寝惚けて、それすら気にならなかった。

「……いきなりどうしたのさ」

『フフッ、そろそろお目覚めの頃かと思いまして……。僕は朝食の準備ができましたことを、お伝えに伺っただけです。では』

 艶めかしい声でそう告げた人物は、朝食という、僕にとって最高の言葉を告げて去っていったようだ。

「……なぜこんな早朝に目覚めると思うんでしょう」

「朝ご飯の時間!!」

「とにかく、此処を出てコテージで……」

「折角朝食を作ってもらったのに勿体無いよ!! また料理が沢山出てきたりして~……さあ行こう!!」

 僕は三秒で服を着た。

「……て、ドコに行けばいいんだろう」

「……はぁ」

 寝室の扉を開けると、既に広間はざわめいていた。僕達以外にも、まだこの城で宿泊している者達がいたことを思い出す。

「わぁ……もうこんなに人が……全部食べられちゃったりしないかなぁ」

「そんなはずはないでしょう……ベンティスカはもう起きているのでしょうか」

 レイセン君は、徐々に朝食が奪われていくのを心配する僕をよそに広間へ続く階段へと歩いていった。

「そういえば、どうしてレイセン君あんなに急いでたの?」

「もう急いでいません」

「ああ……そう……」

 丁度真向かいの扉から、ベンティスカが顔を出す。僕に気づいて手を振ると、彼女の元気良く階段を降りていった。

「おはよう、二人共」

 一階へ降りると、執事服の青年が待ち構えていた。青年の後をついていくと、そこは広間の一室。三人で朝食を取るにはあまりにも広く思えた。

「あれ? そういえば、ノアとフィリアはどうしたんだろう」

「まだ寝ているのではありませんか」

「ううん。あの二人はきっと、もう此処にいないよ」

「……と言いますと?」

「お二人は昨夜遅くに城を発ちましたよ」

 部屋を行き来しながら、食事の載ったトレイを静かに運ぶ青年がそう答える。どことなく、レイセン君が嫌な顔をしたように思えた。

「そう、気づいたらね、もう……」

「ああ、ベンティスカは確か、フィリアと一緒の部屋だったね」

「ええ」

 ベンティスカは細くて綺麗な指で、フォークとナイフを器用に扱い朝食を取っている。

 軽い雑談の最中、レイセン君は朝食を一口も食べず腕を組んでいた。

レイセン君、食べないの?」

「…………」

「僕がもらっちゃうよ?」

「構いません」

「やったー!! いただきます!」

「……もしかして、兵隊さん、あの人苦手?」

「よくご存知で」

「ふふ……わたしもちょっと、ね」

 確かに、あの人は少し怪しいというか、なんというか。何を企んでいるのか、わかりやしないというか……。兎に角あの謎めいた話し方が、特にレイセン君の気に障るような人だと、僕はローストチキンの切れ端を咀嚼しながら心の中で同意した。

 

「今度こそ出発しますよ」

「わかってるってー……もう朝からお腹いっぱい食べたし、準備もバッチリです」

「ふふ、次は何処へ行くの?」

 レイセン君がここへ着てようやく地図を取り出した。……が、位置を把握するとすぐに仕舞った。

「王国フォシルから一番近くにあるのは、旧市街アトロシティですね」

「じゃあ、しゅっぱーつ! 場所知らないけど!」

「いつもに増して元気だね、魔法使いさん」

「いやぁ、本当に食べすぎたみたいで、早く消化しなきゃなぁって……」

「では、休憩も多めに取りながら行きましょうか、クク」

「ちょっ……それはないよー」

 一笑に付した僕達は、王国フォシルを後にしてフェーンブリッジを渡った。

 

???共の対談

「ふぅ……ようやく行ったか」

「お疲れ様です。不死鳥様」

「ほお~? 礼儀だけはしゃんとしているな。お前」

「ええ、ここでは数字の若いものから順に偉いと、そうお父様に教わりましたから」

「ふん、この儂に父上の変装なんかさせやがって……スーツはきつい」

 お父様と呼んだその人は、疲労を顕にして魔法陣を敷いた。赤く光る粉雪を散らして、彼は本来の姿を取り戻す。――紅の着物、それがこの少年の正装とでも呼ぶべきだろうか。

「申し訳ありません……。貴方様がお父様に類似していたので。流石に、魔術で身長は誤魔化せませんから」

「なんだと? お前、今遠回しに『背が低い』って言ったのか!?」

「いえ、そんなつもりは……」

「お前もあの兄弟みたく燃やしてやろうか? ん? 焼死は割りと痛いぜぇ?」

「おい、ルドルフさんに悪口言うのはそこまでだ」

 扉を蹴り飛ばして荒々しく部屋に入る少女は、いつだって僕の味方だ。……僕は無意識に口角を上げてしまったことに気づく。

「なんだよぉ、お前も燃やされたい?」

「ハッ、馬鹿じゃねーの。あたいがその気になったら、あんたなんて一瞬でミンチにしてやるさ」

「一対多とか、卑怯だろ」

アリッサムさん、いいんです。悪いのは僕ですから……」

 僕は溢れ出る涙をハンカチで拭った。少女――アリッサムは僕の肩に手を乗せて、少年を睨みつけた。

「いいや、ルドルフさん。悪いのはどう考えてもこいつだ。勝手に被害妄想しやがって」

「女々しいな。被害者ヅラかよ、ケッ」

 不死鳥様と呼ばれた少年は、忽然と表情を普段の調子に戻す。彼が熱しやすく冷めやすい性格だというのは、周知の事実である。

「まぁいいや、本題に入ろうかのぉ」

「あのなぁ……」

「はい、彼らは間違いなく、僕が招待した者達で間違いありません」

「父上の仇か……」

「ええ、中には我々の最終目標である――」

「ああいい、皆まで言うな。あの名を口にするな」

「……では今後の我々の行動は如何になさいましょうか」

「あの中に女がいただろ、アレはあたいが殺る。文句ないだろ?」

 アリッサムが一歩前に出て宣告する。それは、此処にいる僕や不死鳥様だけではない、他の兄弟にも言い聞かせるような、そんな顔立ちだった。

「構いませんが、まだ目標の傍にはその……仲間が」

「あ~、あの側近か。あれは厄介だよなぁ。……お前が殺れよ」

「……畏まりました」

 不死鳥様が不敵な笑いを浮かべる。少なからず僕の環境を知った顔をしている。

「なあんだぁ、身内は殺れないとか言ったらどうしようかと思ったけど――」

 僕は魔力を浪費して不死鳥様の至近まで距離を詰め、彼の首元にナイフを突きつけた。

――例え兄弟だろうと、個人の秘め事プライバシーを侵すものを赦す義務無し――

 それが、我々『兄弟』の特別な原則ルールであった

「そこまでですよ。僕にだって、踏み入られたくない領域というものが有ります。これ以上喋ったら……先ずは貴方を殺さなくてはなりませんね」

「はー……儂はもう飽きたから散歩してくる」

「いってらっしゃいませ」

 少年は煙を撒くように姿を消す。僕はナイフを仕舞った。アリッサムがわざとらしく溜め息を吐く。

「ルドルフさん……いいのか? 次苛ついたら二人で殺っちまおうぜ、あんな奴」

「ですが大事な兄弟ですから……それに、僕はあの方について理解しきれないことが多いですし。まぁ、よく分かったことも……」

「……なんだ?」

「『年を取れば取るほど、精神年齢は……若くなる』ということです」

「クスクス……。……あぁ、あのさ、ルドルフさん」

 アリッサムはいつもは男勝りな態度だ。――が、時折僕に女性らしさを見せることがある。……僕には到底理解できないことだが。

「なんでしょうか」

「まぁ、その……あたいで良ければいつでも力になるからさ……」

「ありがとうございます。では、あの女性を頼みましたよ。……僕はもう、彼女に顔を知られてしまっていて殺りづらいんです」

「ああ、任せてよ……じゃ、またな!!」

「ではまた…………お会いできれば」