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#11

ストーリー

宝石巡り

 港町オレイアスに戻った僕達は、先日も宿泊した宿を借りて一息ついた。閉鎖は解除されており、街を出た時の張り詰めた空気は、跡形もなく消え去っていた。
「わーん! 怖かったよー、アクアさんー」
「あはは……よしよし」
「そうですね……明日の予定ですが」
 手首の拘束を解かれたセナが真っ先に、僕に抱きついてくる。涙目で僕を見上げるセナを撫でていると、御構い無しにレイセン君が話を逸らした。
「兵隊さん、その事なんだけど……」
「何でしょう」
「グレイの指輪が壊れちゃって……出来れば、直してあげたいの。お願い‼」
 ベンティスカは掌に乗せたグレイの指輪をレイセン君に見せ、軽く頭を下げた。レイセン君は突然の要件に少し困った顔をしていた。
「それは……形のみ直したいのか、それとも……」
「形だけで十分‼ それ、どういうこと?」
「……ご主人様は、以前出会ったノアという男を覚えていますか」
「ああ……うん」
「エンゲイジリングは、鉱石と悪魔の血を錬金窯で混ぜ合わせて生成される宝石……本物を作るとなると手間がかかりますが、形だけなら私達だけでも可能性はあるでしょう」
「確かに、そうかも……」
 彼のことだから何か策があるのだろうと、僕は考えなしに曖昧な返事をする。
「因みに、鉱石はサラマンダー岩窟に行けば採れるとも仰っていましたね。ですから、明日はその先にある鍾乳洞で鉱石を採ってきましょう」
「本当?! ありがとう、兵隊さん」
「……折角ですから、予備にいくつか欲しいと思っていた所でした」
 ベンティスカはレイセン君の手を取った。あの日から元気がなかった彼女が、久々に穏やかな笑みを見せた。

 ***

「ご主人様、私です」
「どうしたの?」
 寝静まった宿の中、こつこつと扉を叩く音と、レイセン君の声がする。じきに眠りそうだった僕は半開きの目を擦って、本を片手に抱えている彼を自分の部屋に招き入れた。
「要件が二つほどありまして。まずは、エンゲイジリングのことです」
「何かわかったの?」
「いえ。ですが、この本に載っているのです。これをご覧ください」
 レイセン君は付箋が貼ってある頁を開いてある箇所を指さした。……確かに、エンゲイジリングの写真がそこにあった。
「本当だ……」
「この本は、スペリォールの館で見つけたものです。ただ、残念なことに文字が古くて……辞書か何かがなければ解読は不可能でしょう」
「辞書は、どこに?」
「もう崩壊してしまいましたが、瓦礫の下敷きになっているのではないでしょうか……」
「そっか……」
 僕には到底解読なんてできないだろうという諦めか、はたまた眠気か。少し文字を目で追っただけで嫌気がさした。
「それからもう一つ。……私が出る前に、必ず読んでください」
 レイセン君は紙切れを僕に渡すと、おやすみなさいと言って何事もなかったように部屋を後にした。

『セナに指輪を渡さない事』

 遅れてノックなしに扉が開いた。咄嗟に紙切れを隠して、ベッドに入ろうとした。
「あ……セナ? まだ起きてたんだ」
「……アクアさんこそ」
 噂をすれば……でもないが、セナが部屋に駆け込んできた。まさか、今までの会話を聞かれていた? ……考えすぎだと思う。
「ねえ、さっき……なに話してたの、あの人と」
「ああ、これからの予定……かな」
「そう。……ボク、眠れなくって。一緒に寝てもいい?」
「それなら、いいよ」
 セナの顔がぱっと明るくなり、僕が捲った布団の中に飛び込んだ。それを見て心を癒した僕も同様に、その隣に寝そべった。一人用のベッドに、二人は窮屈かと思いきや……丁度良い。というのも、セナが想像以上に小柄だったのだ。
「アクアさん、優しいよね」
「そう、かな……よくわからない」
「……そういうところも全部、好きだよ」
「ああ、うん。僕もセナのことは好き」
 セナはどこか不思議そうな顔をしながら、僕の頬に手を乗せた。人肌のぬくもりを感じる。僕は、顔の縫い目に触れたセナの拍子抜けた顔に、心を擽られた。
「アクアさんのこれ、なに……?」
「それ? ……うーん、僕もよくわからないけど、目が覚めた時からこんな状態。あはは、僕っておかしいところばかり……」
「そんなことないよ。ボクはそう思わない」
 その言葉に、僕は思わず言わなくてもいい事まで吐露してしまった。出会って間もないセナに、押し付けるように。罪悪感を覚えながらも、それを抑えることはできなかった。
「セナと出会う前、ある人と喧嘩しちゃったんだ。そしたら次の日、死んじゃって……まだ、謝れてなくて……」
「アクアさんのせいじゃないよ、偶然だよ」
「……セナの方が、僕より優しいよ」
 僕の頬を撫で続けるセナの手を払い、小さな体に背を向ける。
「僕は人じゃないのかもしれない。……セナに慰めてもらう資格だって……」
「……もしアクアさんが人じゃなくっても、好きだよって言う。ボクは見えないから」
 セナも寝相を変え、互いの背をくっつけた形になった。気になってそっと一瞥すると、寝息を立てて、今丁度眠りに入ったように装ったセナの肩が見えた。僕は暫く気持ちの整理がつけられずにいたが、考えあぐねているうちにいつの間にか意識は薄れていった。

 ***

「では、行きましょうか」
「うん! わたし、先に外へ出てるよ!」
 朝から張り切った様子のベンティスカは、誰よりも先に宿を飛び出していった。無邪気な笑顔を振り撒く彼女を微笑ましく見送り、僕たちもその後を追う。

「あの……さ、セナ。流石に腕に抱きつかれると、歩きにくいかな」
「……じゃあ、手、つなぐ」
「それならいいよ……はは」
「……物好きですね」
 レイセン君はセナの執念深さに辟易した様子で、僕とセナの後を追い越した。

 サラマンダー岩窟はスイートハウスと正反対の方角に屹立する山で、岩窟を超えた先の鍾乳洞に、エンゲイジリングの素材となる鉱石は眠っている。
「ねえねえ、その鉱石って、どんな色なの? 名前は?」
「鉱石の名はジェムと言います。色は透明に近く、ダイヤモンドに似ています。熱にめっぽう弱いので、加工して装飾品を作る際によく用いられていたそうです」
「へぇ……ジェムかあ……なんだかとっても素敵……」
 今頃ベンティスカの頭の中は、ジェムをあしらった調度品でいっぱいであろう。目の輝きと同時に、彼女の周囲にも星々が飛び散っていた。
「もうすぐ登山口ですよ、あの山を登るんです。……と言っても、道なりに歩けば着くんですが」
 青く晴れ渡る空を背景に、望む山岳はまるで巨躯な怪物を思わせる。更に、お城にも似た建造物が、妙な程自然に山と同化していた。

「うわ……暗いっ、レイセン君これ、大丈夫なの?」
 洞穴のような暗闇の中を歩く。足元が覚束ない感覚に、幾度となくふらついた。幸い、セナが手を握ってくれていたおかげで恐怖は和らいでいる。どこが左右で、前後かもよくわからないまま、ただ前進した。
「暫く歩けば、明るくなりますよ…ほら、外の光が見えます」
 問いに答える声は、覆われた岩肌に反響したあと僕の耳に届いた。レイセン君が示した場所に近づくにつれて、暗がりに慣れてきた目が沁みるほど、眩い光が溢れ出していた。
「わあ……‼︎ 古びたお城みたい‼︎」
 外側から見た景色と照らし合わせ、此処が建物の入口だとわかる。しかし、大きなこの城に不釣り合いな程小さく、古傷の目立つ木製のドアが、この建物の閑散とした雰囲気を一層際立たせた。今にも外れてしまいそうなこのドアを、興味津々なベンティスカは平気な顔で開けた。
「うわあ……セナ‼︎ 彼処に港町が見えるよ」
「そう……ボク、見えないけど。」
「ああ……そうだった」
「……何だか変な臭いがする。くさい」
「……古いからね、仕方がないよ」
 両手を広げても有り余る大きさの硝子窓から、外の世界を一望する。王様がたった一人、この城から外の景色を眺めているのを想像してしまう。
「今では廃れた建物ですが、此処も昔は栄えていたのでしょう。……さあ、鍾乳洞の入口を探しますよ。日が暮れてしまいます」
「そうだね。にしても……思ってたより広いなあ……」
「迷子にならないよう、お気をつけて」
 寂しさの念に押し固められた廃墟の中を探索する。僕達の足音さえも、悲しげに城内を巡っていた。