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#8

恋する黒猫

  快晴の空の中を、カモメが泳ぐように舞っている。此処が、海の上に浮かぶ町――港町オレイアス。
「賑わってるねぇ。武器屋さんはどこだー? ベンティスカさん、一緒に探そうぜー‼」
「急がなくてもいいのに。ふふっ」
 グレイがベンティスカの手を握り、早々と町を駆け抜ける。
 妖樹から抜け出すまでも、グレイは「ベンティスカを守る」と言って離れなかったし、いつの間にか自然に手を繋ぎ始めていた。恋人というより、友達に見える。
「どこかな、どこかなー? あ、ベンティスカさんって、どんな武器使おうと思ってるの?」
「えっと……。行ってから決めることにしてるの。黒猫さんは必要ないんだよね?」
「そうだよ‼ 俺はこの拳で‼ 魔獣をバッタバッタと薙ぎ倒す‼」
「ふふ、頼もしいよ」
 ベンティスカの言葉に、顔から火が出た黒猫さんは、鼻の下を伸ばして頭を掻いた。
「あった! 武器屋さん!」
 町の角で見つけた武器屋では、鋼で作られた剣や弓、カシの木を使った杖……様々な種類の武器が並べられている。グレイとベンティスカは店番をしている人影と楽しそうに会話をしている。
「さあ、ご主人様も」
「ああ……うん……」
「せめて、自分の身は自分で守れるように……とりあえず、杖でも買ったらどうですか?」
「それ、馬鹿にしてる?」
「クク……そこに丁度いい帽子もありますよ」
 僕はレイセン君の発言に頬を膨らませた。挑発が得意な彼はこの状況を楽しんでいるように見える。
「じゃあ、えっと……」
「ゆっくりでいいんだぜ、ベンティスカさん」
「決めた‼︎ わたし、これがいい」
 ベンティスカが胸を弾ませながら選んだのは、「瑪瑙ノ諸刃」というラベルが貼られた双剣だった。そのラベルとは別に、価格と思しきラベルも。"495,330kil"。おかしいな、こんな数字初めて見たぞ。きっとグレイも心の中でそう感じているに違いない、今僕と目が合ったのだから。
「それでいいんですね? 暫く新しい物は手に入りませんよ」
「うん。これがいいの」
「わかりました。すみません、この剣を」
 レイセン君はさも同然のように支払いを済ませた。……彼は一体何者なのだろうと、改めて疑問に思う。
「やったな、ベンティスカさん‼」
「ふふ、買ってもらっちゃった」
 ……僕は恥ずかしかった。なぜならば。
「うう……やっぱこれ魔法使いじゃん……」
「ご主人様、とってもお似合いですよ」
「あ‼ アクアが魔法使いっぽい‼ ゾンビの魔法使いっぽい‼」
「だーかーらー。そんなんじゃ無いってば‼」
「あー。ほんとだね、グレイ。魔法使いさんだ、ふふ」
 杖を握り締め、とんがり帽子を被った僕は、皆の言う通り「魔法使い」だったのだ。少し、今なら魔法が使えるんじゃないか、と思った自分を馬鹿馬鹿しく思いながら、笑い崩れんばかりの三人を睨みつけた。
 
 笑いが治った後、港町オレイアスを一回りした。港町は狭くはない。貿易の為か、大きな建物がいくつも建てられていた。海に面する道は幾つかに枝分かれしており、船の出入りが滞らないよう作られている。……しかし、その造りを虚しく思わせるほど、港町は物言わぬ静寂に覆われていた。ぽつぽつと見える船が三隻。
 つまらなそうだと勘繰っていた僕でさえも、街の散策を楽しめたらしい。もう既に真っ赤な夕日が海へ沈もうとしている。
 港町の外れにある開けた道端にて。レイセン君は先ほどからベンティスカの稽古に付きっ切りで、夕焼けをぼんやりと眺める魔法使いと黒猫には見向きもしない。
「そうだ、アクア。さっき言ってたやつ……」
「あ、思い出した! ……これだね」
「そうそれ! ベンティスカさんには何色が似合うかな……」
 指輪をひとつひとつ、丁寧にじっくりと眺めるグレイの目には星が瞬いていた。
「聞いてきたら?」
「いやいやいや!! あの状況で聞きに行ったら間違いなくレイセンに刺されるだろ」
 寧ろそれは言い訳で、本当は直接聞くのが恥ずかしいのではないだろうか。とも考えたが、確かにその通りだ。二人とも真剣な眼差しで剣を振るっている。そこに水をさす訳にはいかない。
「この色はどう?」
「俺もそれいいと思ってたところだ! よし、決まり!!」
「それで、どうするの?」
「夜にでも……ちょっとね」
 もうここまで来てしまってはバレバレのような気もするが、そっとしておくことにした。それに、恋慕がいまいち理解できていない僕が口を挟むのは良くないだろう。僕はグレイがこれだと決めた指輪を渡した。
「皆さん、そろそろ宿を取りに参りましょうか」
 汗一つかいていないレイセン君は見ていてとても清々しいが、その斜め後ろで息も絶え絶えにしているベンティスカとの間には、剣に対する熟練度の差がありありと見て取れる。
「ベ、ベンティスカさん!? だ、だだ、だいじょうぶ!?」
「わ、わたしは、だいじょうぶだよ」
「そんな無理すんなって!! あんなスパルタ教師相手によく頑張ったよ!」
 グレイは慌ただしくベンティスカと逆方向を向いてしゃがみ、両手で彼女を招き入れた。
「折角の好意ですし、乗ってあげたほうがいいですよ。グレイは何もしてませんから」
「それを言っちゃお終いだろ!」
 スパルタ教師の言葉にはっとした顔のベンティスカは、疲れか照れかよくわからないけれど、頬を真っ赤に染めていた。
「お言葉に甘えて……お邪魔しちゃおうかな」
「おうよ! じゃんじゃん甘えちゃって!」
「ありがとう。ほぅ」
 鼻をひくひくと震わせるグレイを蹴り飛ばして歩くレイセン君。手綱を引いた馬のような、なんとも言い難い光景のまま、宿屋まで辿り着いた。

 ***

 案の定、こぢんまりとしたこの街に宿泊する旅人は僕達しかおらず、貸切状態となった。食事や入浴も全員済ませた夜更けのことだ。僕は昨日見た無残な夢を思い出していた。僕が見るものといえば、決まって、良くないものだけだ。
 ……あれから、今までグレイになにかおかしな所はない。いつも通りふざけてて、いつも通りにこにこ笑ってて……それなのに、なぜ――。
「アクアー。ミルク持ってきたよ」
 その思考に追い打ちを掛けるように、グレイがやって来た。今一番話しにくい相手が来てしまった。ついてないよ。
「……今は一人にさせてよ」
「え? 黄昏てたの? そりゃ失敬」
 そういうつもりじゃない。
「いいから、早くどっか行ってよ」
「は?」
「僕、今機嫌悪いの。見てわからないかな?」
「悩み事? なら相談に」
 僕の心の中で、どす黒い渦がぐるぐると回っているような気がした。
「いい。そういうの」
「……なあ、俺、なにかアクアに嫌なことしたっけ?」
「別に……だから何も」
「じゃあ、何なんだよさっきから!!」
「だから君に話すことはないってば」
「ああ!! 俺なんかよりレイセンやベンティスカさんはお前のこと甘やかしてくれそうだもんな!!」
 僕はなんだか、甘えん坊の子ども扱いを受けたような気がした。それを否定しなければ認めてしまうようで、反発せずには居られなかった。
「うるさい!! グレイなんか――」

 ***

 僕の頭は真っ白だ。
 さっき、グレイになんと言ったの? ……思い出せない。それが怖い。
 目の前に、グレイではなく、怒りの矛先を向いて仁王立ちをするレイセン君がいた。
レイセン君、僕は」
「歯を食いしばりなさい」
 答えを求めようとするや否や、それを拒むようにレイセン君の掌が、僕の頬を打った。

――おれなんかより、レイセンのほうがおまえのことあまやかしてくれそうだもんな‼

「何か、言いたいことはお有りで」
「……ごめんな、さい」
「…………」
 景色が滲むようにぼやけて、僕の眼は熱くなった。

――じゃあなんなんだよさっきから……。

――なやみごと? ならそうだんに……。

「夢で、グレイがいなくなってしまって……。でも、本当は何もなくて、いつも通りで……。ううん。きっと僕が喧嘩をしてしまったのはそうじゃない、ちがう、ちがうんだ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「いいえ、あなたは今までもよく頑張ってきました。貴方の抱えたものはあまりにも大きすぎた。辛かったでしょう……先は出すぎた真似をしてしまいました」
 レイセン君は両手で僕を引き寄せると、頭を撫でた。彼に優しい言葉を投げかけられる程に、両目からは涙が溢れた。僕は喉が枯れ果てるまで叫んだ。

屋根の上で

 
 満月が綺麗な夜。こんな日に、よりによってあいつと喧嘩しちまうなんて。
「…………」
 屋根の瓦がひんやりと気持ちいい。そこに寝そべって、大きな丸い水晶球を独り占め。ひひ。

――うるさい!! グレイなんか死んじゃえ!!

 ……。
 …………。
 嘘だろ。俺、本当に……。
「あ、いた。黒猫さん」
「ベンティスカさん……あはは、こんな夜に大声張り上げて、迷惑だよな。悪かった」
「それは気にしてないから。隣行ってもいい?」
「もちろん!」
 手を握って親指を立てる。折角、麗しのレディーが来てくれたというのに、もっと歓迎してやれよ、俺。
 ……だけど、そんな気にもなれない程に、あいつの言葉が深く心臓に突き刺さって抜けない。
「なんで、俺の場所が分かったの?」
「え? だって、猫って夜になると、屋根の上でにゃあー、にゃあー、って鳴くものでしょ?」
「間違っちゃあ、いないね、うん」

「ねえ、どうしてアクアと喧嘩なんかしちゃったの?」
「んー、男にはイロイロあるんだよ。感情線の波とかな」
「ふーん。大変なんだね」
「……うんにゃ、あれは俺が悪い。ちゃんとあいつの話、聞いてやれなかった」
「そう、ならちゃんと謝らないと、だよ」
「それはわかってるさ。……多分」
 つい、ベンティスカから体を逸らしてしまう。自分がただ格好つけているだけだとわかってはいる。が、現実を突き付けられると、途端に体が動かなくなる。なんて最低な男だろうか。しかし、そんなことお構い無しに、ベンティスカは俺の顔を覗き込んでくる。白くて綺麗な髪がふわりと舞い降りた。
「じゃあ、わたしを魔法使いさんだと思って、練習しようよ」
「何を?」
「謝る練習!」
「あのさ、ベンティスカさんじゃダメだよ~」
「何で?」
 俺がこんなにも彼女に圧倒される日が来るとは思わなかった……。正直逃げたい。
「……この度は、大変申し訳ありませんでした!」
「うん、いいよ~」
 アクアの真似なら似てないぞ、というツッコミは置いておいて。にっこりと微笑む彼女につられて、俺も同じように笑った。ずっとこうしていたいと思った。

「あ!! ああ!!」
「わっ!? 急にどうしたの?」
 俺はポケットを漁りに漁った。プロポーズのことを思い出したのだ。
「……おっ、あったぞ。べ、ベンティスカさんに、言いたいことと、渡したいものがあって、ですね……」
「はは、急に改まっちゃって、変なの」
 どうしてこのタイミングでと疑問に思うことはない。
 寧ろ、今しかない!!
「もし、俺がもっと強くなって、大きくなったら……その……。け、結婚して下さい!!」
 我ながら大胆な告白で一世一代の賭けに出た。断られたっていい。彼女の顔が見られない程、俺の顔は赤一色で、心臓の鼓動が激しく高鳴っている。彼女の為に選んだ黄色い指輪を差し出す手だって、ガタガタ震えて今にも落としてしまいそうだ。

「わたしで良ければ、いつまでも待ってるよ」
 彼女が、ベンティスカが、俺の手を暖かく包み込む。
「……ほんと?」
「うん! もちろんだよ!! わたしも黒猫さん、だあいすき!」
 そして、二人で笑う。
 なんて、幸せなんだろう。
「じゃあ……これ、俺がベンティスカさんに付けてもいい?」
「もう、ベンティスカでいいよ」
 眩い望月、夜空の星星に見守られて、俺はベンティスカの左手、薬指に、その指輪を潜らせた。
 今度は逆に、俺が左手に着けていた指輪を、中指から薬指へと移す。勿論、それは彼女が施してくれた。

「ねえ、今日はもう部屋に戻ろうよ。風邪引いちゃう」
「ううん。もう少し、もう少しだけ、このままでいよう」
「うん、わかった」
「ありがとう、ベンティスカ」