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#7

ストーリー

グレイの場合

 俺はなんと不幸な男だろう。よりによって、自ら地雷を踏みに行くなんて。
「ここはどこだーー!! ……まあ俺が悪いんだけど、悪いんだけど……ぎゃああああぅ!!」
 長くて長い渡り廊下をひたすらに歩いていると、何かが遠くで倒れたり、何かが落ちたりと、様々なハプニングが起こる。……その度に俺が叫ぶ。先程から数えているがこれで十回目だ。出口を探して彷徨っているうちに、迷子になってしまったのだ。
 こんなに叫んでいるのに、アクアやレイセンは助けに来てくれない。冷たい奴らだなぁ。
「なんで外に出なかったんだよぉ、俺……」
 悔やんでも「時、既に遅し」である事はわかっているが、悔やまずにいられなかった。こんな事なら最初からここへ来るなどと言わなければよかったのだ。一人で大人しく留守番を任せられていればよかったのだ。
「はあぁぁ……。ん? なんだろう、あの部屋は……」
 数多くある部屋を繋ぐ廊下を歩いていた俺は、変わらない景色に一つだけ違う点を見出した。白い花が一輪、床に落ちている。鮮やかな白だ。花を拾い上げると、正面のドアが幾らか開いている事に気がついた。
「……行こう」
 俺は冷静さを取り戻していた。この花がそうさせるのだろうか、恐怖という心情は和らいでいった。そして、開きかけたドアを一気に引いた。

「……あれ? 何もいな……!!??」
 一呼吸置こうとした瞬間、何かがどさりと落ちる音がした。……まさか、誰か居る? いや待て。ここには俺と、アクアとレイセンしかいないはずだ。
 消えかけた恐怖と不安が舞い戻ってくるのを感じた。だが、俺の足は動いた。音がした方へ、ゆっくりと。
「……!!」
 女の人が、倒れている。綺麗な、白くて長い髪。まるで人形のように、眠っている。
 周りの様子を見ると、どうやら彼女はクローゼットの中から出てきたようだった。こんな所に、なぜ……。浮かび上がる疑問を振りきり、近くに置かれていたベッドに女性を運んだ。窓辺のカーテンが靡いている。俺は、彼女が目覚めるまで傍にいようと決心した。
「ん……」
「……!」
 女性は目蓋を開けた。エメラルドグリーンの瞳と、目が合った。
「だ、大丈夫か? さっきそこで倒れているのを、たまたま見かけて、それで……」
「……て……」
「え?」
「早く……逃げて……!!」

 

アクアとレイセンの場合

 僕とレイセン君は、呼びかける声を頼りに暗がりの中を進んでいた。その声が止んだ時、僕達はある部屋の前で立ち止まっていた。
「図書館……」
「どうやら、道案内はここまでのようですね。行きましょう」
 冷静な青年の後に続く。本棚が繋がっていて、帰り道を覚えておかないと迷子になりかねないだろう。足元にも本が散乱していて、ランプがなければつまずいて転んでしまいそうだ。
「ご主人様は呼ばれていたというものが何か、突き止めてはいかがでしょうか。調べ物は後ででも出来ましょう」
「うん、そうするよ。レイセン君は?」
「ええ、是非読んでみたい蔵書があるのです。そちらを探そうかと」
「わかった」
 僕とレイセン君はそれぞれの調べ物を始めた。
『コッチ ヘ オイデ』
 ……まただ。レイセン君には伝えなかったが、僕は、誰とも想像がつかないこの声に懐かしさを感じていた。今度こそはその原因を突き止めようと意気込む。そして、図書館の隅に、棚に戻されず床に叩きつけられた本――日記帳を見つけた。僕を呼んでいただろう日記の埃を払い、中身を少しだけ読んでみることにした。不思議と抵抗や罪悪感というものはなかった。

『一頁 
 今日、世界の管理を任命された。
 こんなに重大な仕事が回ってくるなんて、
 思ってもいなかった。
 さて、それと同時に重要な事がもう一つ。
 つまらなかった僕の人生が、
 楽しくなる予感がする。』

 この日記の書き手は、まるで「自分はこの世界の人ではない」という主旨を含ませ、日記を書き連ねている。僕は紙を捲った。

『二頁
 おはよう。子供達の声が僕の頭から離れない。
 新しく8人も家族が増えたんだ。
 先程から、積み木を立てて遊んだり、
 ごっこ遊びに夢中になったりする
 家族の姿を見る度、
 僕の心は幸せで満ち溢れていくようだ。
 皆の名前は何がいい? 
 どんな名前を付けようか。
 これからは、みんな僕の子供になるのかな』

 重要なことのもう一つは、書き手に家族が増えたということらしい。子供の遊ぶ姿を見て幸福を感じ、名前を決めようと真剣な書き手のことを想像し、僕は思わず微笑んだ。
 三頁目がない。破かれた跡がある。子供にでも破られてしまったのだろうか。

『四頁』

 またしても、何も書かれていない。それ以降の日記を見ると、その殆どは家族の事で埋め尽くされていた。子供の名前、書き手の世界で起きた出来事について書かれたもの、他にも様々な内容がこの日記には記されていた。
 …………。

 これ以上の内容が頭に入ってくることはなかった。僕の名前を呼ぶレイセンの声が耳に入る。すると図書館が、館が、大きく揺れた。
「ご主人様、早く此方へ!! 館が崩壊します!!」

 ***

 図書館は入り口にほど近い場所にあったため、僕達は全速力で走って脱出することが出来た。間もなくスペリォールの館は音を立てて崩壊した。
「……!! グレイは!?」
「見当たりませんね……。コテージへ行ってみましょう」
 館で逸れてしまったグレイを探しに、事前に準備したコテージへ急いだ。

「グレイ!!」
「あ、あぁ……アクア、か。無事で、よかった」
「そっちもね。どうしたの?」
 グレイの息遣いは荒く、床の上で大の字を描いて寝そべっていた。珍しく猫耳フードを脱いでいる。
「そこの人、背負って、走ってきた。疲れた……」
 グレイが指差す方向に目を向けると、一人の女性がベッドで眠っていた。安心しきった様子で、寝息さえ聞こえてくる。
「多分、朝まで起きないだろ。俺達も明日に備えて休もうぜ」
「ええ、そうしましょう」
 レイセン君は鎧を外し楽な格好になると、三人分の晩ご飯を作りに台所へと向かう。グレイはここまで運んできたという女性をちらちらと横目で見ていた。
「グレイ……」
「えへへ……。決して俺は何もしようとしていないぞ。……名前くらい、聞いておけばよかったかな」
 頭の後ろに手をやり苦笑するグレイは、自分で用意したミルクティーを一気に飲み干した。
「やっぱり、マーファのマスターに作ってもらうミルクティーが一番美味しいや」
「あはは。いつかまた、マーファにも戻れるよ。僕も、あそこでレイセン君に買ってもらったキャンディーが美味しくて……また食べたいと思っていたし」
「そっか……なあ、アクア。聞いてもいいか?」
「何……?」
 普段の明るいグレイとは裏腹に、目を細めて僕の顔を見ている。悪魔との戦いで敵討ちを誓ったあの時以来の、真摯な眼差し。
「何者なんだ、アクアって。その顔の縫い目とか、この世界のこと何も知らない辺り、どうしても怪しく思えちまうんだ。それに、レイセンもお前のことを必要以上に庇っている気がする……」
「それは……。僕だって、自分の記憶があるなら、もうグレイに全てを打ち明けているよ。どうしてこんな事になっているのか、僕が一番知りたいよ……!!」
 自分の事を何一つ知らないことがもどかしくて、一番触れたくない内容だった。
「…………。そうだよな、今一番辛いのはアクア自身だよな。何かあったら俺も手伝うから」
「うん、ありがとう」
 僕の気を使ってくれたのだろう。グレイはそれ以上何も言わなかった。テーブルには、相変わらず豪勢な食事が次々と置かれた。
「冷めないうちに召し上がってください」
「うわ~、ウマそうだな! いっただきま~す」
「いつもありがとう。いただきます」
 時間は静かに過ぎてった。食事を終え、シャワーを浴びて、早くベッドに潜った。

 ***

 暗くて周りの見えない所に、ぽつんとグレイがいる。
 どうしてこんな所にいるんだろう。声をかけたいけれど、何故か出来ない。グレイもこちらに気づく様子はない。
 グレイは自分の手――指を眺めていた。そこに付いているエンゲイジリングが、怪しい光を放っている。
 紅い宝石の内側から、黒い炎が燃え上がった。それは次第に本来の色を侵食し、やがて輝きを失った。
 グレイの体に亀裂が走り、ガラスのように崩れていった。
  
 ***

 気がついたらもう朝が来ていた。
「おはようございます、ご主人様。よく眠れたようで」
「うん……ふあ、ああ~~……。あ、そういえば……」
「? どうかされましたか」
「……いや、やっぱり何でもない。レイセン君朝ごはん~」
「かしこまりました。……いつになく人任せですね」
 変な夢だなと思った。それのせいでちょっと気分が悪い。寝室のドアを開けると、グレイがにっこり微笑んでいるのが見えた。
「それでさぁ~……あ、アクア! おはよう、聞いてくれよ、あの子が目を覚ましたんだ!! 俺超タイプでさぁ~……」
 最後の部分は少し声を小さめに、少し頬が赤いから、その女性に惚れているのが一目瞭然だった。僕はそんなことより、グレイになんともなくてよかったと、安堵のため息をついた。
「どうかしたの? 黒猫さん、お友達?」
 部屋の角から、ちらりと顔を覗かせたのは、美しい白髪の女性だった。
「あ、ああ!! そうなんだよ、こいつアクアっていうんだ。ほら、さっき話した……」
「あら、その人が。ふふ、こんにちは……魔法使いさん」
「え……魔法使い……?」
「多分、外見で判断してるんじゃないか……俺は黒猫だし」
「ああ、そうゆうこと」
 まるで人形のように整った、綺麗な顔立ちの女性は僕の方へと歩み寄ってきた。近くだと、女性の方が僕やグレイよりも背が高かった。
「わたし、ベンティスカっていうの。よろしくね」
「うん、よろしく」
「わたしね、自分の名前以外ほとんど何も覚えていないの」
 身長は僕より高いが、少し幼さを感じる話し方、僕と同じで記憶が無いという共通点もあり、親近感を覚えた。

「皆さん、早く食事を済ませてください」
 料理の達人とも呼べるレイセン君が手早く準備した朝食を、4人で囲んで食べた。久々に賑わいを見せた朝のひとときだった。
 因みに、レイセン君のことをベンティスカは「兵隊さん」と呼んでいた。
レイセン、次はどこに向かうんだ?」
「ここから近い、港町オレイアスへ向かいます。そこで、ベンティスカとご主人様の武器を購入しましょう。魔獣にいつ襲われてもおかしくありませんから、護身用に」
 食事の後片付けをし、身支度を整え、コテージを元の箱へ戻す。
 僕達は港町オレイアスを目指して歩きだした。