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#5

ストーリー

復讐の誓い

  一人の少年が空を仰ぐ。命という名の灯火が徐々に光を失い、か細くなってゆく。
「ちくしょう……あんなの……かてるわけ……」
「グレイ、しっかり。今治してあげるから……」
 レイセン君にそうしたように、グレイに掌をかざし、祈る。が……。
「嘘だ……そんな……」
 グレイの傷は治るどころか、更に体内の血を消耗している。こんなはずではない……嘆きたい気持ちを抑え、他の方法を思考するけれど……何も、出てこない。こんな自分が情けなくて、憎たらしい。思わず地面を拳で叩く。
「ゆび……」
「⁈」
 金属同士がぶつかる音にさえ掻き消されてしまいそうな少年の声を、耳を澄まして聞き取る。
「ゆびわを……おれに……」
「どうして?」
「ゆびわをはめれば……きず、なおるだろ」
「でも、君は拒んでいたじゃないか!」
「いいんだ、もういい。……たとえあくまになろうとも、あいつをこのてで殺してやるんだ……!」
「……覚悟ができたんだね」
 ゆっくりと頷いたグレイは僕の方へ懸命に左手を差し出す。指輪の入った箱を急いで取り出し、彼に似合う色を直感で選んだ。
「これにしよう。どの指がいい?」
「……まんなか」
 グレイの中指に、紅色の宝石が煌めく指輪を嵌め、再び祈りを捧げる。再度少年を見たとき、思わず涙が溢れ出た。
「何で泣いてんだよ。アクアはあの強情な奴のご主人様なんだろ? しゃんとしな。……あ、俺もか」
 にっと微笑むグレイにつられて僕も笑みを零す。きっと気を利かせてくれたのだろう。
「じゃ、行ってくる!」
 ふう、と一呼吸すると的を捉えた弓矢のように、黒い線を描いた。それがグレイであると確認できた時、彼は既にオーランの目の前で拳を振り上げていた。
「くらえええ‼︎‼︎」
 オーランの額に拳が命中し、手応えを感じたグレイは更に連続して殴り続ける。ーー死など、もう恐れではない。だが、その直後にグレイの動きが停止する。オーランが彼の腕を強く握り、もう一方の手でチェーンソーを振った。
「グレイ‼︎」
 チェーンソーはグレイを切断する寸前に腕ごと切り落とされた。レイセン君だ。隙を与える間もなく一回転すると、鋭利な剣を悪魔の胸に突き刺した。
『……ッ、ここで……朽ち果てるわけ……に』
「グレイとどめを……‼︎」
 魔の手から解放されたグレイは再度体勢を整えると、思い切り長剣を蹴り、オーランの身体を貫いた。……深く、貫いた。

「全く……。もう少し、考えることを覚えて頂けませんか」
 レイセン君が悪魔の胸に突き刺さっている剣……「鉈剣」をずるずると引き抜いた。赤黒い血が滴る。
「馬鹿ですね」
 グレイにとどめの一言が突き刺さる。彼自身、今までの身勝手な行動を大いに反省しているようだ。後頭部を手で押さえながら、頗すこぶる申し訳なさそうだ。
「悪かった。もう二度とあんなことはしないよ……」
「あはははは。でも、悪魔は倒したんだから。レイセン君もそのくらいにしたら?」
 僕の励ましに「そうだ、そうだ」と便乗し、いつもの元気を取り戻しかけたグレイだったが、レイセンが睨みを利かせると、シュンと萎縮した。
 いつの間にか、あの赤く染まったおぞましい空間から、元の静かな森へと戻っていた。壮絶な死闘を繰り広げた僕たちは、遂に疲労を隠しきれずマーファ街灯の宿で泊まることにした。今度はグレイも一緒だ。森を抜けようとゆっくりと歩き出すと、どんよりとしていたグレイが我に返ったように話し出す。
「そういえば……オーランが最期に気になることを言っていたな。『歯車は、回りだした』って。あれ、何なんだ?」
「さあ……ね。いずれわかるんじゃないかな」
「こんなこと言うと変かもしれないけど、俺、なぜか可哀想だって思っちまったんだ……。あいつは俺の敵で、俺はあいつが憎くて仕方がないはずなのに」
「気のせいだよ」

 驚いた。僕にはこうだと言い切れるものなどなかったはずだ。何故だろう、「それは違う」と分かったのは。

 ***

 マーファ街灯の宿屋にて。僕、レイセン君、グレイの三人は朝食の支度をしていた。サラダなどの副菜はグレイが担当し、主菜の魚を僕が担当する。レイセン君はその他全てが担当だ。はじめは「私一人で十分」と手伝いを断っていたが、何度もしつこく迫ると、レイセン君の方が折れてくれた。
「これで朝食がまずーくなっても、責任を取らなくてよいのは有難いですね」
「俺たちの作る飯はまずーいのが前提かよ……」
 会話を挟みながらではあるものの、この人数での料理は効率が良いのが見て取れる。それと同時に、レイセン君の苦労を身をもって体験できた。
「ご主人様、包丁を扱う時は十分な注意を怠らないように」
「はーい」
 意識を目の前の魚に集中し、レイセン君に教わった捌き方を頭の中で復唱する。ギョロっとした魚の目が気味悪い……。
 まずは鱗を落として水洗いから。次に腹を割いて内蔵を取り出す。それから頭を切り落とし、丁寧に身を剥がしていく。……こうして処理を終えると、後はレイセン君が調理をしてくれた。本当はそこまで手伝いたかったのに。残念。
 テーブルに色彩豊かで食欲を掻き立てる料理が、数多く並べられた。僕の胃袋がそれを早く貪りたいと言わんばかりに呻いた。グレイだけでなく、レイセン君にも笑われてしまい、顔から火が出そうだった……。
「ご主人様の胃も悲痛の叫びを上げているようなので、頂きましょうか」
「アクアの腹は正直者だな」
「あはは……」
「では、皆さん手を合わせて」
「「「いただきます」」」
 緑がよく映えるサラダを頬張る。野菜それぞれの甘みが口いっぱいに広がった。その隣にある、美しい白を纏った魚の身を一口。ほんのりとソースの芳しい香りを漂わせながらも、新鮮な味を主張してくる。その余韻をライスをかき込み和らげてゆくと、さらに旨みが深まった。うん、まさに絶品だ。高級料理店でさえも敵わないだろう!

 一通り食事を終えると、片付けは宿の店主――ようやく彼? の出番が来たようだ――に任せ、今後のことについて話しあうことにした。
「そうですね……。まずご主人様についてですが」
「ああ……! そういえば、『後で話す』って前に言ってたもんな」
「私も知らないことがありますので、ご主人様への質問タイムと致しましょうか」
 心臓が一度大きく動く音がした。一体何を聞くというのだろう……?
「ではまず、ご主人様が私と出会うまでの過程を教えてください」
「うーんと……。変に聞こえるかもしれないけど、建物とかが壊れてて、誰もいない所で目が覚めたのが最初で……」
「死都ナブディスか? それより前は? どこに住んでたんだ?」
次々と繰り出されるグレイの問いかけに戸惑っていると、レイセン君が仕切りの役割を果たす。
「グレイ、質問の数が多すぎます。ご主人様は目が覚める以前の記憶はないんですよね」
「うん……」
「わからないことだらけだなぁ……アクアは見た目もちょっと変わってるし仕方ないって感じか? あ、ごめん言いすぎた」
「別に……本当のことだからさ、気にしてないよ」
 助け舟を出してくれるレイセン君のおかげで、僕のことは「記憶喪失」ということで方がついた。
「えっと、僕からも質問していいかな?」
「ええ、どうぞ」
「皆が魔獣、とか、悪魔って呼んでいた……あれは一体何なのかなと、思って。何の為に僕たちを襲ってくるの?」
 この質問をするな否か、くだらないと思われるのが嫌で躊躇していたが、この際だからと聞いてみたのだ。
「なんだそんな事か! あーでも、此処最近の話だよな。魔獣をよく見かけるようになったのはさー」
「グレイの言うとおりです。……聞こえは悪いかもしれませんが、私とあなたが出会ってから……ですね」
「つまり僕のせい?」
「決め付けるにはまだ早いですが……。私は、あなたが持っているエンゲイジリングの方が気になりますね。一度出して、見せていただいても?」
「うん、わかった」
 僕はポシェットの中から黒い箱を取り出し、蓋を開けてテーブルの上に置いた。レイセン君とグレイに渡した指輪を除いたとして、七つのエンゲイジリングが残っている。
「うわぁ……綺麗だなぁ、売ったらいくらに……」
「くだらないことを言っているとぶっ飛ばしますよ。……やはり、本当に存在したんですね」
「それ、どういう意味?」
「昔本で読んだことがありまして。その時はただの作り話だと、忘れてしまっていたのですが」
「どのくらい知っているの?」
「いえ、この間話したくらいしか……」
 レイセン君は両腕を組んであたりを歩きだした。すると、何かを思い出したように足をとめた。
「スペリォールの館……。あそこに行けば何かもっと、情報が得られるかもしれない」
「ええー!? あそこへ行くのか? あそこ……で、出るぞ!?」
 突然、グレイが大声をあげて立ち上がった。「出る」……とは?
「別に、あなたについて来いなどと言った覚えはありませんが」
「わーったよ!! しゃーないから付いて……ひっど!! 何それ!!」
「スペリィールの館は、今でこそ廃墟同然の古びた屋敷と化していますが、そこには図書館があったはずです。もしかしたらエンゲイジリングだけでなく、他のことも調べられるかもしれません」
「……まぁ、あれだ。あそこは元学校みたいなところだし、いろいろあるんじゃないか」
「じゃあ、行こう。僕も知りたいんだ、この世界の事とか」
「しかしご主人様、スペリォールの館へ行くためにはマーファ街灯を出て、ラブラドライト海岸の先にある妖樹ようじゅを歩く必要が……。そう簡単には辿り着きません。長旅になることでしょうから、準備をしっかり整えて出発しましょう」
 この先に何が起きるか、知る術はない。不安がないといえば嘘になるが、新たな地へ旅立つことへの高揚感に加えて、スペリォールの館でどんな発見が待っているのだろう、という好奇心の方が勝っていた。僕は高ぶる感情を抑えつつ、旅支度を始めた。

 ***

「兄さん……ああ……」
 雨がとめどなく降り頻る。嗚呼、どうしてこんなことに。
 兄が美しいと撫でてくれた頬、兄が縫ってくれたお気に入りの服が、その血で汚れてしまっても……。いや、そんなことは、どうだっていい。僕は一心に亡骸を抱いた。
「必ず僕が……殺す……奴らを」
 仇討ちという名の決意を胸に刻む。
「だから、さようなら。愛してる、オーラン」
 兄の死顔はとても美しかった。唇を重ね、それから別れを告げる。曇天の空の向こうに見え透いた敵を睨んだ。