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#2

冷酷な瞳

 木漏れ日が、僕の目を開かせた。

「う、うーん。はっ!? 僕生きてる!?」
「やっと目を覚まされましたか……」

「……え?」
 僕はここで、始めて他人の声というものを耳にした。
「いい加減、起きたらどうなんです?」

「ああ、はい。起きます……」
 そう言われ上半身を起こすと、先程の青年が、待ちくたびれたといった素振りでそこにいた。

 きっとここまで僕を運んだのは彼だろう、そう確信した。彼がいなければとっくに死んでいたのかもしれない。
 暫し沈黙が続く……その静けさの中、僕は彼に目を向けていた。
 銀色の髪、質素な鎧、群青色の瞳……。そのしっかりとした体躯からは、どこかの城の兵士のような雰囲気を漂わせていた。

「……何か」

 ……長々と見ていたんだろう、彼は不機嫌そうな顔で僕を見ていた。
「あ、その、さっきはありがとう……ございます」
「何の事でしょう」
「さっき、僕を助けてくれましたよね?」
「さっき? ……あぁ、その事でしたか、礼には及びませんよ」
「……? 僕はどれくらいの間眠っていたんです?」
「大体一昼夜程……といった所でしょうか」
「あぁ……そうでしたか……」
 思えば、何故こんなことを彼に訪ねているのか、と僕は苦笑いを浮かべていた。
「そんな片言になさらなくても、普通に喋っていただければそれで良いのですが……ご主人様?」
 彼は僕に近寄り膝をつき、せせら笑いを浮かべながら確かにそう言った。
「え……?」
「ですから、わたくしの命を捧げると言っているのです。ご主人様」
「は……はぁ……」
「貴方に死なれては困ります。あぁそう、申し遅れました。私はレイセンと申します……さて、先を急ぎましょう、ここは危険です」
 話が進みすぎていて、頭の整理が追いつかない。彼は本当に、僕と会話しているのだろうか……。境界線すら見えてしまう。

 そんな僕のことなどお構いなしに、彼は立ち上がって歩き始めた。
「あの……話についていけないのですが」
「ですから、それはやめてください」
「……はぃ」

 口から溜め息のように返事が漏れた。
 見渡すと、ここは僕が通り過ぎたはずの大広場だった。先程とは違って、二人で歩いていることに安心感を抱く。
「えっと……レイセン君……?」
「なんでしょうか」
「あ、あー……えーっと……」
 そう言った瞬間に、聞きたいことが数珠のように連鎖を重ね、とうとう言葉を失ってしまった。
「ここは……どこ?」
「ここはソノラ樹林。その縹渺たる樹林は一歩獣道を外れるとこの世の終わりまで彷徨うことになると言われ、その別名は『迷い死ぬ者達の森』……そう呼ばれております」
「あ……ありがとう」
 その殆どが僕の耳から通り過ぎてしまったが、ここがソノラ樹林だということは辛うじて理解した。気を取り直し、別の質問をする。
「あのさ……僕がご主人様って……どゆこと?」
「それはそのうちわかります」
「そう……なんだ……」
 じゃあ……レイセン君は、と、言いかけた途端に彼はその場に崩れた。

 

 ゆっくりと時間が流れ、止まった。

 僕は気がつくとその場に佇立していた。急いで傍に駆け寄ると、その背には目に余る程の無数の傷が……。
 彼の上半身を起こすよう両手で支え、膝に乗せる。
 思えば一瞬の出来事だった。彼の瞳孔は開き、口から血を流し動かなくなった。――彼は死んだ。
「あ……うわああぁぁ……!」

 ***

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
 落ち着けるどころではなかった。死体をどうこうしようなどと、考えたこともなかったのだから。
 気づけば僕は地べたに尻もちをついて、彼を遠くから眺めて狼狽えていた。傷口は塞がらず、徐々に開いている。
「う……うぅ……ぇ」
 人が死んでしまった恐怖、もし僕があのままでいたら、彼のように血をやむことなく流し死んでいたのかもしれない恐怖……。数え切れない程の恐怖が僕をよぎっていく。
 それはまるで、死神に見透かされているようだった。思わず嘔吐しそうになるが、必死に抑える……。

――お願い……生き返って……!

 彼の指が動く。 
「!!」
 彼の傷口は、塞がっていた。
 そして、彼は今まで眠っていたかのように起き上がってくれた。
レイセン君……! 大丈夫!?」
「え、えぇ、この通り。……そういえば、先程何か言いかけませんでしたか?」

「……いや、何でもないよ」

 ***

「おわー……すご……」
「クス、ご主人様、口が開きっぱなしですよ……それを世間では『みっともない』と、言うのです」
「あっ……ごめん」
 森を抜けた先は街だった。無限回廊のような道、左には家や店が淡々と並び、右には海。夜の黒く光る波は街灯の明りと融合しているかの様だ。
「あ……あれ?」
 この美しい光景に浸っていると、人ではなく「人影」が僕とレイセン君を横切っていく。これも充分不思議な光景であるはずなのに、僕の目にはこれが当たり前のように見えていた。散々不思議なものを見すぎたせいだろう。一本道をただひたすら歩いても、見える景色の変化は全くなかった。
「ここは?」
「ここはマーファ街灯です。朝が来ることはなく、いつまでも夜が続いています。……マーファ街灯のモールは全部で九番までありますね、大体九キロメートルです」
 レイセン君が片手を腰にあてる。

「は。……僕たち、まだ二番モールに着いたばかりだよね……?」
「心配いりませんよ、五番モールに宿がありますから」
「うぅ……にしても、遠いよぉ……」

 ***

「あ」

「どうかしましたか」
 歩き続けて約数十分。僕の視界に、お菓子が入り込んだ。それも沢山の……棒付きキャンディー専門の店が……。
 僕はその店に駆け寄る。その時はキャンディーの事しか頭になかったけれど、レイセン君は顔だけ伏せていた。笑いをこらえていたのだろう。羞恥を覚えたのはずっと後の事だった。
「……飴……」
「如何なされました? ……あぁ、食べたいのですか」
「え……あぁ、うん。でもキル持ってないや……ヘヘ」
 僕は手をぶらぶらとさせ、キルが無いことを示す。
「はぁ……。すみません、ここの飴を全部頂きます」
「畏まりました」
 何やら大量のキルとキャンディーを交換しているように見えた。
「……え!?」
「有難うございます……。これで宜しかったでしょうか?」
 レイセン君が僕にくれたのは、それはもう大量の、一日では食べきれないほどのキャンディーの数々だった。
 この青年とは彼方此方の店を歩き回ったが、こんなに嬉しいことは初めてだ。
レイセン君、ありがとう!」

 ***

「あぁぁ……やっと見えた」
 間もなく宿屋の目前に到着する……。 明らかにこれは重労働だ。とっておこうと腕に抱えていたキャンディーが、より一層重く感じる。
「中に入りましょう、冷えてきましたからね」
「……うん」
 そのとき、何かが僕の横を通り過ぎていった。
 人影ではない、姿形のある――人。
「ひ、人だ! 人だよレイセン君!」
「はぁ?」
 レイセン君の腕を、半ば無理矢理掴んで追いかける。
 人影に紛れ見失いそうになっていた僕を哀れんだのか、レイセン君が先頭に立ち、僕を引っ張って歩く形になった…。必死に追いかけ辿り着いた先は……。

 「バ……バー・オブ・レスト……?」
 扉を恐る恐る開け、僅かながら室内を覗けば……中はまさに酒場だった。
 ただ僕の歩行を邪魔するだけの奴だと思っていた人影が、ここでは祭りのように集まり、騒いでいるのを見た時は甚だしく不思議な気分になった。酒やらビールやら……人影はそれらを囲み、大いに食していた。
 ごちゃごちゃと賑わう人影の中に、僕達が追いかけていた人を見つける。
「……いた」
 店員と話していたようなので、そっと声を掛けたつもりだったのだが……。
「マスター、ミルクティーをっ……おわぁ!?誰だお前!」