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#19

ストーリー

 

悪魔と呼ばれた人々の檻

 屋内には窓一つなく、自然の光を受け付けない。じめっとした空気のせいで気分が悪い。扉が閉まると、真っ先に此処から出たいと思った。

「ベンティスカ――! 何処にいるの!?

「聞こえる場所にいるのなら、苦労はしませんよ。見てください」

 レイセン君が指差す方向には、丁度真ん中で分けられた二つの小部屋がある。鉄格子の壁を隔てて、部屋の奥には先へと続く扉。その隣にはレバー。

「先に進めってことか……

「この構造、我々を二手に分断させたいのでしょうね」

「命には換えられないよ、行こう」

 僕は右の部屋、レイセン君は左の部屋へと進んだ。互いの様子は鉄格子を介して確認できる。

「ご主人様、何が起きるかわかりません。武器を」

「うん、そうだね」

 レイセン君がレバーに左手を乗せる。右手にはしかと剣を握っている。僕は背負っていた弓を構えた。

「いくよ……せーの……!

 レバーをほぼ同時に引く。部屋の入口が音を立てて閉じられた。

「うわっ、やっぱり」

「上から何か降ってきます!

 人型をした赤い物体が落下する。僕は咄嗟に矢を番え、ふらふらと起き上がる気味の悪い物体を狙った。

 奇形の物体――僕達と同じ生という概念を持っているのかすら定かでない。上半身は人のそれに模した形、下半身は溶け出したスライム。相容れないはずのそれらが渾然一体となっている。

レイセン! そっちは大丈夫?

 矢を放ち、僕を見上げた怪物の額を穿つ。――一体仕留めた。僕の部屋には残り二体、レイセン君の部屋でも何体か蠢いている。

「ええ、心配はいりません」

 僕は身の安全をいち早く確保するために、颯爽と敵の位置を注視した。手前に一体。その斜め後ろに、落下の反動で未だ蹌踉めいているものが一体。先ずは此方を睨みつけてくる目前の敵を倒す。

……そう簡単に死なないよって……うわぁ!?

 攻撃までにまだ時間があるという僕の読みは外れ、後ろの怪物が何かを吐いた。それが僕の左肩を掠める。

「油断大敵ですよ」

「わ、わかってる……っ」

 左腕に血が滲む。痛みはないが、これがもし毒だったら……

 矢を二本持ち、残った怪物を一度に仕留めようと試みた。二本の矢を、敵の急所めがけて弦に番える。

「集中……集中……

 全ての動作、自らの精神を的に向ける。一つとして狂ってはならない。

 腕を最大限まで伸ばし、最適なタイミングを見計らって、放つ――!

「あ……意外にできた」

「これで傷を」

「わっ……と。ありがとう」

 僕よりも先に戦闘を終えていたレイセン君が、可愛らしい形をした小瓶――天使の涙を差し出した。僕は小瓶の蓋を開け、蜜のような半固形の液体を、掠めた左肩に擦り込ませるように塗る。傷口に馴染んできた頃、染み込んだ薬が甘い香りと共に傷を癒やす。

「これ、すごいね。いつになったら傷、治るかなぁ……

……! 扉が」

 レバーの横の扉が開く。敵を倒したから? 一定時間経ったから? ……何にせよ、僕たちは先に進まなければならない。

「行きましょう。もう、戻れません」

「うん。君も、気をつけて」

「お互い様です」

 僕達は別別に開いた扉の先へと進んだ。


 階段を登る靴の音が響く。行き先を照らす蝋燭がゆらゆらと燃えている。この先で待ち構える何かを想像して、益々戻りたいという衝動に駆られる。

「また扉か……

 登りつめた先には、早く開けろと言わんばかりの開き戸。僕は仕方なくドアノブを撚る。

「なんだろう、ここ……

 正方形の部屋。縦、横、高さ、全てが同じ長さで作られた空間。薄霧が漂うのが目に見える。

 僕の全身が部屋に入った途端に、入口の扉が意図的に閉じられた。

「嘘だろ!? 冗談よしてよ……

 ドアノブを再び撚るも、開く気配がない――閉じ込められた。しかしこの部屋は正方形であるだけで、明かりも窓もない。僕は無意味だと知りつつも、周りを歩いてみることにした。

「なんだろう……これ……

 敷き詰められた煉瓦の壁に、誰がどう見ても不自然な隙間。観察すべくしゃがんだと同時に、それは加湿器と同じ要領で煙を吐き出した。

「わっ!? 何だよ一体……

 驚きのあまりに尻餅をつく。隙間から吐き出される妙な煙と、睨み合いを続けた。

「うっ……ゲホッ、ゲホ……

 煙を吸い込んだときにはもう遅かった。胸を焼き切るような痛みが襲う。

……!?

 身体の奥からのし上がる血の塊を吐き出し、酷くむせた。

 こんな所に長居しては、いつか死んでしまうだろう。しかし出口もない。朦朧とした意識で無駄に足掻こうとするも、指一本力が入らない。

「あぁ……

 再び喉を血が登ってくる。

 ああ、またこれか。また僕は死の淵を見るのか。何度死にかければ気が済むんだろうか。

「うっ……ゲホッ……はぁ」

 全てを諦めたように、床で一人大の字になる。

 毒ガスまみれの部屋に閉じ込められて死を迎えるとか、くだらない……

 もういっそ、初めから死んでいた方が……

?? ……あ、あい……た」

 次に目を開けた時、壁だったはずの平面にはくぼみが出来ていた。……おそらく、残念ながら、出口ではないのだろう。

「行くしかない……かぁ」

 

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挿絵:油性ペンさん

 

 固められた空間に穴が空いたように、ガスの濃度が薄くなる。手袋が汚れることも気にせず、僕は吐血した口元を拭った。


 ***


「あっつ……今度は何……

 赤く淀む部屋の暑苦しさに、顔をひどく歪ませる。

 しかも、どうやらここは二階みたいだ。柵で形作られた道に、床一面の網。降りることは到底できそうにない。

 ……何故、こんな造りの部屋が? 一階の様子など見えなくても良い。……僕に、何かを見せようとしている?

「ご主人様、そちらにいらっしゃるのですか!?

レイセン!?

 僕は柵から身を乗り出し、溶岩の煮えたぎる底を俯瞰する。

……どうやら、手探りで進むしかないようですね」

 見渡す限りの溶岩を泳ぐ一匹の蛇のような通路。道中、幾つかの仕掛けがあるのが見える。何を意味しているのかは、進んでみなければわからない。

レイセン君、気をつけてね!

 レイセン君は剣を支えに身をかがめた。長さ一メートルにも満たない幅の正方形――この蛇の腹を潜るには、匍匐前進する他ない。

 ただ傍観するしかないのがもどかしい……。息を呑んで行く先を追うと、レイセン君の動きが止まる。

「どうしたの?

「行き止まりです……ご主人様、そちらに何かありませんか」

「何かって……あ、これかな」

 入口の脇に付いたレバー。今にも壊れそうな程に錆びついた機械に近づいた。壁に塗りたくった赤の色でも字が書かれていた。

 

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挿絵:油性ペンさん

 

Pull引け

 引け、か……。これなら僕でも出来る。そう思ってレバーを握ってしまった瞬間……

「痛っ!!」 

 触覚がそれを掴んだ途端に拒絶反応を起こす。指から滴る血の涙。

 ……取手が刃でできている。これを引かなければならないと知った時、思考が止まった。

「でも、引かなきゃ……

 覚悟を決め、再び剃り刃を握りしめて……引いた。

「うっ……お、重いし……

 僅かに引っ張っただけでは何の反応も示さない。手のひらにめり込んでくる痛みを堪え、そこから滲むものは目を瞑って見ないようにした。

「う……あああああっ!!!!

「ご主人様!!

 レイセン君が僕の異様な叫びに声を上げる。

「どう? 通れる!?

……もう少し、もう少しです!

「わかった!

 一秒でも早く手を離したい……しかし今この手の力を抜いたら意味がない。天を仰ぎ、ただ引っ張ることだけを考えた。

「潜ったら言って、できれば早く!

 この時間がとてつもなく長く感じる。催促している余裕すらなかった。

……潜りました、もう大丈夫です」

「っああ……ハァ……痛かった……

 僕は一気に手を離し、両の手を確認した。……朱肉に手を押し付けたよりも酷い有様だった。

 こんな仕掛けが幾つもあるならばひとたまりもない。

 僕はひりひり痛む両手に触れぬよう、慎重に小瓶を咥え、ゆっくりと流れる雫で傷を癒やした。