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#20

夢見の少女 後篇

 血で赤く染まったレバーの取っ手を睨みつけ、僕は歩く。

 顔の外側からひりひりと痛みを与えてくる熱気を浴びながら、レイセン君の行動を眺めていた。

…………

 一本道の曲がり角に差し掛かった所で、少しずつ前進していた影が止まる。

「どうしたのー?

「ご主人様、火が行く手を遮っています。進めなくはないのですが……そちらに止める仕掛けはありませんか」

「渡っちゃダメだよ! 無理はしないで、今探すから」

 焼け爛れる彼を見るなんて、真っ平御免だ。

 彼の気が変わらないうちに、何としてでも手掛かりを探し出さなくては。

……あった。あったよ」

 後ろを振り返って間もなく、目につく所に第二の装置。通路の一角に作られた凹凸は、これを設置するためのものだった。

 僕は『↑push押せ』とご丁寧に、乱雑な血文字で書かれた説明を読んでから、改めて矢印の先に見える赤いボタンを……押した。

……止まりました!

「オッケー! ……え、ちょ、ちょっと待って!?

 僕がボタンを押すと、背後の床が音を立てて開いた。

 良くないものが此方に向かって上昇している、そんな音を聞いた。抜けた床の底から現れる、良くないものの音。

 戦闘態勢に入るべく、弓を構えるために手を放した。

……クッ……」

「ごめん、ごめんよレイセン!

 レイセン君の辛酸な音吐。僕がボタンを押し続けることをやめたせいだと直ぐにわかる。蛇の腹の中に付着した忌まわしい放射器の稼働を制御する事は、僕にしかできない。

 僕は、今度こそ放すまいと左手を押し付けた。

 ……さて、ここからどうしようか。念には念を入れ、利き手に矢を握る。

 

――来た。檻と呼ぶに相応しい昇降機の中から、三体の怪物が姿を現した。

 二本足で立つ、緑の肌の魔物。骨格は浮き出て、腹は膨張している。口から涎を垂らし、ぎらぎらと光る赤い目は僕を捉えている。

 檻の扉が倒れ、三匹の怪物が放たれた。

「か、かかってこい!

 幸いなことに、通路の幅はせいぜい人ひとり分。一体ずつを相手にすれば、いつかは倒すことが出来るだろう。

「グ…………ギアァァァァア!!

「うわあああ!

 その体躯からは思いもよらない跳躍。酷く伸びた汚い爪が迫ってくる。

 僕は驚きのあまりに目を瞑り、宙めがけて蹴りを入れた。……当たった。

「ギギ……ァガッ……

「はぁ、はぁ、よし! つぎ!

 僕の足先は、丁度背の低い怪物の顔面に命中していたのだ。壺に入る感覚に奮起してしまった。ほんの少し、ほんの少しだけ。

 二体目が棍棒を振り上げて迫ってくる。僕は湧き上がるイメージを膨張させ、実行に移す。

「はあぁ!

 軸足を急速に変え、反動で矢を持ち替え、スイッチを押える手腕を反転。それから、勢いの乗った片足で振り払う!

「ギエ……ェ……

 敵は柵に引っかかり、そのまま背中を屈折した状態で息絶えた。

「ご主人様、もう大丈夫です!

 思わず「待ってました!」と叫びそうになった。桎梏しっこくが失せた今、最後の敵を倒すべく走る。

「うおおおお!

 全身の力を矢に注ぐ。稜角が化物の心臓を抉った。とても人のものとは思えない、緑色の液体を散らして。嗅覚を刺激する酸っぱい臭いに、僕は顔を歪ませた。

 突進した僕の勢いはそれだけに留まらず、溶岩の底へと突き落とす。

「や、やった............

 両の掌から、ズキンという音がした。

 

 漸く出口に辿り着いた。しかし、扉は固く閉ざされたままだ。辺りを見ても仕掛けらしい仕掛けが見つからない。

「う、うーん......

「どうかされましたか」

「こっちの扉、開かないんだ。仕掛けもないみたいだし……」

 蛇の首尾を通り抜けたレイセン君に助力を求める。

「……今度は此方の出番のようですね」

 どうやら先に、頼り甲斐のある青年が仕掛けを見つけたようだ。

「…………」

 レイセン君は、見るからに怪しい壁の前で立ち止まっている。

 それから暫く見澄ますと、腕が一本通る大きさの虚に手を入れた。

 ……空洞の奥深くまで腕を差し込んでいた。レイセン君の肩が、壁に密着している。

 ……扉が、開いた。

「……あ、開い」

「うぐっ……あぁ……」

レイセン君!?」

 肉の身体が悲鳴を上げて弾ける。レイセン君の腕が、壁によって潰された。腕を引き抜こうとする様子を見ただけで……。僕は、目を開けていられなかった。

「……ッ……」

 ずるずると引っ張り出された青年の左腕は、赤一色に染まっていた。指の一本一本、肘の骨までもが飛び出て……見ているこっちが息苦しい。その腕は最早何の役割も果たせず、痛みを与えながら身体に纏わりつく義手と化していた。

「大丈夫!? 今治すから……」

「……それより、此方の扉を開ける仕掛けを探してください」

 彼の優先度は僕と真逆。だけど僕は、その声の通りに動いていた。……信頼の証と言うやつだろうか、でも今は関係ない。

 レイセン君の傷に見合わない結果に歯を食いしばり、仕掛けを探した。これが最後になることを願って。

「ん、あれか……遠いなぁ……」

 天井の隅にたゆたう骸骨。手を入れたら、髑髏特有の音を発しながら咀嚼されそうだ。口内に水晶みたく光るギミックがある。

 僕と骸骨の距離なら、弓矢を使えば良い。再び武器を取り出した瞬間、思い出した。

「……あ、手が……」

 ……今は、そんなことを気にしている場合ではない。ここは我慢をするべきだと自分に言い聞かせ、弓を引いた。

「……くぅ……いったいなぁ……!」

 手の痛みから腕が震える。狙いは定まっているのに、身体が言うことを聞かない。

「……頼む……よ」

 ……やっとの思いで力を引き絞り、矢は仕掛けを骸骨ごと破壊した。僕は揺れる意識に耐えられず、その場に座り込んでしまう。

「……開きました。先に進みましょう、ご主人様」

「あぁ、うん。そだね……」

 大きく開いた口が、徐々に閉じていくような感覚を両手に握りしめ。

 

 ***

 

 暗い洞のような下り階段を、壁に身体を擦り付けて降りる、降りる、おりる。人の命を例えたような炎を映す蝋すら、霞んで見えた。

「…………」

 まだ、肩が震えている。掌の感覚は無い。意識も消えかかっている。……いっその事倒れたい。

「…………」

 僕の望み通り、何かに躓いて転んだ。

「……ご主人様、なんとか合流できましたね」

レイセン君……あ、傷……」

「まずは貴方が先ですよ」

 左腕をぶらつかせた剣士が、瓶の蓋を口に咥えて取り出すと、僕の掌に数滴の雫を落とした。

「ありがとう……まだ、終わってないもんね」

「ええ、おそらく、この先に……」

 無理をしているのが一目瞭然なレイセン君の瑕疵を、今度は僕が再起させる。痛々しい上肢に手をかざし、祈る。

――掲げた手を下ろした時、傷は癒えていた。

「うん、これでもう、大丈夫」

「感謝致します。では、行きましょう」

 レイセン君は手を握ったり開いたりを何度か繰り返し、動くことを確認した後立ち上がる。

 ベンティスカの状態は、僕達の受けた痛みの数々から察するに、無事ではないだろう……。それでも生きていることを懇願し、目の前の巨大な扉を開いた。

 

 円形の闘技場を思い起こさせる広間。それを囲むように、幾つもの檻が並んでいる。何なんだ、此処は……。

 一つの檻の中に、どんな死に方をしたのかわからない死体を見てしまう。死骸の周りには植物が咲いていた。視線を逸らそうと下を向けば、そこには無数の薄汚れた骨。

「あれは……」

「ベンティスカ――!」

 取ってつけたような板の上で、首だけを吊るされ立ち竦む白髪の女性――ベンティスカが、苦し紛れの声をあげた。

「ま、まほうつかいさん……それに、へいたいさんも……たすけにきてくれたの……?」

「今助ける!」

「なんだかよくわからないけど、ここからうごけなくて……っ……」

 ベンティスカはいつもと違う靴を履いていた。それのせいで動けないのだろう。無理に足を動かせば、そのまま足を滑らせ――。

「ベンティスカ! とにかく、そこを動かないでください、いいですね」

「え、えぇ……」

 僕とレイセン君は、あるものを探すために周囲を見渡した――。

「ざぁ~んねん。ここにはタネも仕掛けもありません」

「お前は――」

 天井から降下してくる、不敵な笑みを浮かべた女性が、僕達に告げる。

 

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挿絵:油性ペンさん

 

「あたいは第七の悪魔、アリッサムさ。まぁ、そんな事どーでもいいんだよ、どーでも」

 桃色の髪に、身体に見合わない大きさの大木鎚を担いでいる悪魔を睨む。

「こいつをおびき出すの、大変だったんだぜ? でさ、ここ迄頑張ってきたんだよねぇ? どうだった? あたいの仕掛けたトラップの お あ じ」

 ベンティスカの長い髪を掬ってわざとらしく問いかける。

「流石、悪魔の名の通りですよ。……早く降りて来なさい」

 レイセン君が手に持つ剣を敵に向ける。僕は何時でも取り出せるよう、背中の武器に手をかけた。

「容赦ないねぇ。まぁこの女が人質に取られてるってこと忘れないでネ? ……っていうか、交渉しよっ?」

 妙に苛立つ口調で話しかけてくるなぁ、と率直に思う。悪魔は皆こうなのだろうか……?

「要件は?」

「ろくな話を持ってこないに決まってます」

 青年は嫌味を言うと、一度剣を下ろした。

「そいつを渡しな。もちろん! 女と交換で」

 この交渉を飲めば、僕は間違いなく殺される……。嬉々として笑う少女の声に、僕達は武器を取り出した。

「話になりませんね。断固拒否、です」

「……お前を殺して、ベンティスカも助ける!」

「フフ……いいぜ、久々に暴れようか。まぁ、交渉なんてしなくったって、アンタを殺せばそれでいいんだよねぇ!!」

 凄まじいスピードで急降下する悪魔。振り上げた大金槌を、僕めがけて軽々と落とした。僕は咄嗟に真横へ回避し、その隙を突いてレイセン君の一撃。

「ガラ空き……と、思うじゃん?」

 怪力の悪魔は、地面にひび割れるほどの衝撃を与えた金槌をいとも簡単に持ち上げ、振り上げた。

 真上から攻撃をしかけたレイセン君の剣と、鍔迫り合いの火花が飛び散る。

「くっ……」

「っははははは。あんたの目ェ……あの人と同じだ……!」

「……黙りなさい」

 アリッサムは意味深長に、小躍りして表情を浮かべた。後退したレイセン君が、再び矛先を悪魔へと向ける。

「あたいさぁ……黙れって言われて黙るいい子ちゃんじゃないんだよねぇ!!」

 狙いは完全にレイセン君だ。僕が弓を引くには十分な時間がある――。

 敵に対して一直線に立ち、狙いを定め――。

「!? どうして……」

 僕は目を見開いていた。頬を汗が流れる。

「あぁ? アンタはそこで突っ立ってな。後で相手してやるよ」

 

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挿絵:油性ペンさん

 

 僕を一度たりとも見ていなかったはずの少女が、此方を振り返った。苛立ちを隠さない、威圧の双眸。……外れた、と言うよりは寧ろ避けられた。

 アリッサムは僕を鼻で笑うと、再びレイセン君を目の敵にした。

「アンタの顔をぶち壊してやりてぇよぉ! そして……死ね!」

 レイセン君は両手で剣を構え、走り出す。

「……ハアアァァ!」

 刹那、交差した二人の結末を……。

「……ッ、かはっ」

レイセン君!」

 僕がその名前を叫んだ時、既に青年は倒れていた。嗤笑しながら、悪魔が近づいていく。

 そうだ……。レイセン君の攻撃は、一撃が重い。しかし、「力を込める」「踏み切る」などの前準備を必要とする――が、悪魔にそれは不要。力の差は、一目瞭然だった。

「あー……つまんな。もう飽きた……よっと」

 大金槌が、レイセン君の頭を目掛けて一直線に落ちる。

「……!」

 脊髄反射で悪魔から遠ざかるように転がった青年は、間一髪肉片になることを免れたものの、後頭部から出血をしていた。僕は、手から剥がれ落ちた剣すら、まともに拾えない青年の生きているのに耐えきれず、枯れた言葉を発した。

「やめろ! ……今度は殺すぞ」

 僕の腕は震え、目尻は熱くなってゆく。ニタァ、と悪魔は嘲笑った。

 そして再び上へと昇っていく。今度は何を――考えている間もなかった。

「アンタ……なんなのさ、無力なくせに。もう全員まとめて死んじゃいな……。ソイツはそのうち死ぬし、次はアンタだよ、お嬢さん」

 ベンティスカの立つ足場の付け根を、大金槌で小突く。

「いや……いやああぁぁ……まだ……死にたく……」

 次の瞬間、悪魔は満足げに金槌を一振りし、足場を破壊した。

「ばいば~い」

「…………」

 ベンティスカが、死んでしまった――声も上げられずに、苦しむこともなく、首を、吊り……。

「ベンティス、カ……いま、治――」

 いや、待て。今の彼女を蘇生させたら……どうなる?

 また同じ苦しみを与えてしまう、若しくは、自身の重さによって窒息するしかない……。

 僕は、どうしていいか分からなかった。ただ、悪魔の高笑いだけが脳裏に響き続けている。

「あ、なんか落ちた」

 腑抜けた悪魔の声がする。

 ……僕にも聞こえた。金属の、小さな何かが落ちる音――そう、指輪のようなものが落ちた。ベンティスカの細い指から、すり抜けて。

 

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挿絵:油性ペンさん

 

「う……ぁ……うわあああああ!!」

 僕は歯を食いしばった。これは敵討ち。これは殺し合い。

 僕は、悪魔が憎い。だから、殺す。敵の額を狙い、弓を引き絞る腕に全ての増悪を込めて。

「最後はアンタだよ、この無能がああアアッ!!」

 悪魔が降りてくる、武器を振り翳して。

「……?」

 悪魔は途中で動きを止めた。そして何かを見て口元を歪ませた。

「なんで……そこに……いるの……?」

 確実に僕を見ていないどころか、目が泳いでいる。これは敵を殺すための機会だ。もしこの反応が演技ならば、死ぬのは僕。

「やめて……そいつを、殺せない……攻撃できないいいいいい」

「…………」

 僕は矢を放った。それは悪魔の額を抉り、中途半端な位置で静止した。

「……なん、で……」

 息絶えた手腕から離れた大木鎚は、落下して地面を砕く。続けざまに、額から流れる血でその服を染めた悪魔が、力なく落ち、倒れた。

 

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挿絵:油性ペンさん

 

「あぁ……ごめん……ごめんね……」

「……ご主人、様……」

 やっとの思いで起き上がった青年の、糸のような声にさえ耳を傾けられず、僕は地べたに膝をついて蹲った。

「……また、また……助けられなかった…………」

 

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挿絵:油性ペンさん